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大分県大分市永興 旭町

大分市街と南大分を結ぶ大道トンネル明治時代に牛馬を処理していたほら穴旭町を見守る御地蔵様旭町児童館大分の市街地から、国道沿いを南の方角へ15分ほど歩くと、南大分方面に通じる『大道トンネル』が見えます。そのトンネルの手前にある狭い階段を登って行くと、県内でも有数の被差別部落『旭町』に出ます。現在の旭町は整備がなされて部落の面影はなくなっていますが、昔は人一人がやっと通れる道が迷路にように走り、その両側...

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埼玉県比企郡嵐山町

暑さが一段と厳しくなってきた7月中旬、私は埼玉県比企郡に位置する嵐山町の吉田地区を訪れました。嵐山町の吉田地区には「手白神社」があります。吉田の地は、江戸時代に旗本の折井、山本、松下、菅沼の四家の知行地で、鎮守もそれぞれに手白神社、六所神社、峯野神社、五龍神社がありました。大正時代になって、村の統一のため神社も手白神社に合祀することになり、大正一二年に合祀記念碑を建て記念祭を行い、部落の人達も大勢...

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岡山県津山市・美咲町(大久保村)

寒さが和らいできた三月の中旬に私は岡山県津山市と美咲町にまたがる『貝阿弥系図』で有名な地区を訪れました。「久米北条郡大久保村」というその地区は津山城下から一里三十町の久米川南村の内に含まれていましたが、寛永二年(1625)上村・足山村・穢多村に分かれ、元禄三年(1690)穢村を大久保村と改称しました。元禄年間の同村の家数は六三軒、美作最大の部落で、部落の旦那寺である大法寺を抱え、また「革多惣頭」貝阿弥家の...

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高知県旧窪川町興津

旧窪川町の興津では「砂闘争」・「原発反対闘争」というふたつの運動が行われました。興津は窪川の海岸部、切り立った山に遮られた海岸部を興津といい、郷分・浦分・小室の三つの集落から成り立っています。この3つの集落のうち「小室」が部落で主な仕事は漁業でした。当時110世帯、500人の小室地区はかぎりない貧しさで生活保護世帯が8割に達しており、そのうえ、長年にわたる貧困な暮らしがもとで、甲状腺肥大、夜盲症、トラコー...

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三重県津市高洲町

春の陽気が感じられる4月、私は伊勢湾沿いに存在する三重県津市高洲地区を訪れました。高洲地区は、津市の玄関口津駅の東南東1.8キロの海岸沿いにあり、周囲には主に物流倉庫や環境処理施設などがあります。海岸沿いに存在するので耳をすませば堤防をこえて潮騒も聞こえてくる自然に恵まれた地区です。しかし元々この土地は、海岸沿いの草の生い茂る湿地帯であり、わずかに養魚池が作られているという寂れた土地でした。そんな高洲...

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