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和歌山県東牟婁郡串本町

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今年の春頃訪問した和歌山県串本町古座にある【西向】地区は

中上健次の母(木下)が生まれた部落です。

この付近の海岸は波が荒く地引網漁業もままならず同和対策事業が

施行されるまで、海が目の前にありがなら漁業ができずにいた土地でした。

そしてこの地区はエルトゥールル号遭難事件とも関係があります。

1890年(明治23)9月16日、オスマン・トルコ帝国の使節団が天皇表敬のために

来日した帰路での途中に軍艦エルトゥールル号が潮岬沖で台風に見舞われ、強風により

紀伊大島の岩礁に激突しました。

この大惨事で死亡者は581名に上り、生存者はわずか69名でした。

当時の記録によると救援活動でもっとも困難を極めたのは、遺体の収容作業でした。

海上に散乱する浮遊物の中を、腐敗が始まり、悪臭が立ち込める乗組員の遺体を引き揚げ、弔う

という献身的な行為を行ったのが西向村の人々でありました。

この献身ぶりはいまなお、祖国で語り継がれており

今日まで続く親日国家トルコ誕生の一大要因とされています。

和賀正樹(2010)「熊野・被差別ブルース 田畑稔と中上健次のいた路地よ」現代書館
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