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奈良県桜井市初瀬

hase (16)
hase (17)


奈良県桜井市初瀬町の一部(通称馳向地区)の成り立ちについて説明します。

馳向地区は、向井山の麓(現在の近鉄大阪線長谷寺駅周辺の階段地・崖地)という当時では非常に

不便な場所に立地していました。その起源は、「昔年、菅原道真の御神霊、

京都北野天神より初瀬与喜山に渡御の際、徒歩役としてお召連れになり、故に与喜山

の山麓に敷地を与え、住居せしめたり、されど彼らの家業を死したる牛馬を取扱い、

その物を川にて洗い流すを以て、その下流に住める初瀬村住民は大いに之を忌み嫌い

字向井山の山林の所有権を与え、現今の処へ移住を命じたり」

つまり、菅原道真が初瀬与喜山に渡御する時に一緒に付いてきた徒歩役数人が

与喜山の山麓(現在の長谷寺温泉周辺)に住みつきましたが、彼らが仕事である

牛馬処理・皮革で初瀬川を汚すので初瀬村下流の住民が怒り、向井山の山林に所有権を与えて

そこに全戸移転するよう命じて、その結果現在の川を隔てて他の一般地区からは隔絶された崖下に

住居が密集する非常に劣悪な環境のもと生活せざるを得ませんでした。

馳向という名称については、大正末期まで「南町」や「むかい府」と差別的呼称を意識する名称だったのを

地区の寺院である妙光寺の山号(馳向山妙光寺)を取って地区の正式な名称とし、それ以来

大字初瀬馳向地区が一般的に浸透していきました。

原田伴彦, 川嶋将生(1979)「近世部落の史的研究」 解放出版社
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