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陸の孤島 浅香地区




浅香地区は大和川沿い堤防の北方(大阪市内側)に存在する被差別部落です。

昔の浅香地区は南に大和川、北に地下鉄車庫(我孫子)、西は大阪市立大学、そして東に「吾彦大橋」と東西南北に囲まれており「陸の孤島」と呼ばれていました。

大きい道路から浅香部落に続く道も少なくまさに一般地区から隔離された町でした。

また大和川堤防のそばに劣悪な住居が密集しており、少し雨が降っただけでも
浸水被害が頻発し、住民の生活は想像以上に苦しかったのだと思います。

劣悪な住環境を改善するべく浅香の住民たちは、大阪市へ地下鉄車庫撤去を訴えます。

1965年から運動が展開され1976年6月、ついに大阪市は地下鉄車庫の撤去を約束しました。

この件に関しては部落の人々だけでなく、地下鉄車庫で働く労働者の部落問題に関する理解
が大きかったといわれています。

1987年4月11日、最後の列車が出発し、地下鉄我孫子車庫は中百舌鳥の方に移転しました。

現在、堤防と地下鉄車庫の跡地は画像の通り運動公園となっています。

1988年に住吉区東部6連合町会を中心とした「地下鉄車庫跡地利用まちづくり推進協議会」
が結成され、地下鉄車庫跡地を利用した積極的なまちづくりが進められてきた結果でしょう。

昔の面影はすっかりなくなっていました。

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コメント

No title

中百舌鳥に移動前(80年代)には既に普通の団地が建っていましたけれど。
浸水被害は70年代中ぐらいの事でしょう。
あくまで、中百舌鳥に車庫を持ってきたのはがダイヤ上運行しやすいのと我孫子車庫が
整備場等の問題で小さかったからでしょう。

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